スキルとしてのコンパッション

スキルとしてのコンパッション

皆さんが一番最近、意識的に人に親切にしたのはいつですか?「情けは人の為ならず」ー「人にかけた情けは、巡って結局は自分のためになる」ということわざがありますが、ダライ・ラマ14世も「幸福になりたければ、思いやりを学びなさい」と述べています。実際に人に親切にすることや、思いやりの心を持つことが、自分の幸福度を上げることが近年わかってきています。

親切にするほど自分もハッピーに?

ボランティア活動をする5人の女性を3年以上にわたって追跡調査した研究があります。この女性5人は多発性硬化症(MS)を患っていて、67人のほかのMS患者を相互支援するために選ばれました。ボランティアの女性たちは傾聴のテクニックを学び、月に一度、15分ずつ患者を訪ねるよう指示を受けました。そして、3年以上にわたって支援を行った女性たちは、満足度や自信、達成感が高まったという結果が出ました。社会的活動に加わることで、落ち込むことが減ったというのです。

インタビューで女性たちは、支援を行うことで「自分の問題ではなく、相手に焦点を当てることができた」「偏った判断をせずに人の話を聞くスキルによって、他者に対しオープンで寛容になった」「自尊心、自己受容の感情が高まった」と語りました。

そして彼女たちのポジティブな変化は、彼女たちが支援していた患者たちの変化よりも大きく、生活満足度はほかの患者より7倍も高い数値を示しました。

大企業でも注目を集める『コンパッション』

ビジネスで成功する秘訣は何でしょうか?冷徹なビジネスマンを想像すると、人を出し抜いて上に立ったり、他者をコントロールしたり、利己主義的な様子が浮かぶかもしれません。しかし、従業員支持率ナンバー1となったビジネス特化型SNS・LinkedInのCEOジェフ・ウェイナー氏は、経営の秘訣は『コンパッション』であると主張します。

コンパッション(Compassion)』はよく「慈悲」や「思いやり」と訳されますが、語源をたどるとラテン語の「共に苦しむ」という言葉がもとになっています。ただ相手の困難を高みから憐れむのではなく、他者の苦しみ、痛みの本質を理解する―。禅僧であり医学人類学博士であるジョアン・ハリファックス氏は、コンパッションを「人に注意を与えて、寄り添う能力」であると述べています。

また、2012年にGoogle本社が「生産性の高いチームはどんな要素を持っているのか」という調査を行ったところ、大きな要素として「心理的な安全性が感じられること」が関係していることがわかりました。

これらの企業では、相手をジャッジせずに寄り添い合い、安心感を得られる職場が、従業員たちの成長を促せると考えています。小さな子供が、親に温かい目で見守られていると感じたときに、伸び伸びと新しいことにチャレンジできるのを考えると、理に適ったことでしょう。

脳はもともと自己中心的

ここまで読むと、「人に親切にしたり、思いやりを持ったりするのが良いのは何となくわかったけれど、自分は優しい性格じゃない」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし思考のパターンや脳の構造は、繰り返しトレーニングすることによって変えることができるのです。

(参照:https://www.zenplace.co.jp/cramuru/column/mind-body/meditation

私たちは、デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)と呼ばれる脳内ネットワークを持っています。内側前頭前皮質・後帯状皮質を含み、何もしていない安静時や、退屈な課題を行っているときに活動量が高まります。そしてこれらの部分は、何か自分に関連したことが起きたときに活性化することもわかっています。つまり私たちは、ぼんやりしていても常に自分のことばかり考えているのです。自分のアイデンティティを確立する、自分が世界の中でどんな存在なのかを認識するためにはDMNの働きが欠かせませんが、そこにばかりにエネルギーを費やしてしまうと、目の前で起こっていることや、他者の心の機微に気づきづらくなってしまうでしょう。

マサチューセッツ大学医学部准教授、ジャドソン・ブルワーは
1.呼吸瞑想ー心がさまよいだしたら呼吸に瞑想を向ける練習
2.慈悲の瞑想ー心から誰かの幸せを願うフレーズを反復する瞑想
3.無差別の気づきー思考でも感情でも身体的な感覚でもなんでもよいので、意識の中に入ってくるものすべてに意識を向ける
という3つの瞑想テクニックを用いて実験を行いました。

平均1万時間以上瞑想の実践を積んでいる熟練者と、実験を行う当日の朝に上記のテクニックを教えられた初心者の脳の状態をfMRIでモニタリングしたのです。それにより、熟練者はDMNの活動量が大きく低下していることがわかりました

ヨガ・ピラティスとDMNの直接的な関連について述べた論文はありませんが、「呼吸に意識を向ける」「身体的な感覚に意識を向ける」練習が有効であることを考慮すると、同様の効果を期待できるのではないでしょうか。

また別の実験では、fMRIを使ってリアルタイムで慈悲の瞑想を行っている様子をモニタリングしました。3分間の試行の中で、1分経過したあたりから後帯状皮質の活動が低下し、終わるころには大きく下がっていることがわかりました。他者の幸福を願うことで、自分中心の雑念回路が鎮まったのです

思いやりもスキルである

Insight Meditation Societyの設立者であるシャロン・サルツバーグは、著書『リアル・ハピネス』の中で思いやり(Loving-kindness)について下記のように述べています。

ラビングカインドネスはひとつの愛のかたちであり、実はひとつの能力です。そして、研究者たちが示しているように、それは学んで身に着けることができるものです。それは、ちょっと思い切って意識を向けられる能力ー反射的に出る批判の代わりに、やさしさをもって自分自身と他者に目を向ける能力であり、いつもは注意を払っていない人々にも関心を広げる能力です。」

マインドフルネスが、今この瞬間に集中する「心の筋トレ」であると言われるように、人に親切にすることや思いやりの気持ちを持つことも、意図的に行うことができる反復練習です。『幸せがずっと続く12の行動習慣』の著者・ソニア・リュボミアスキは、週に一度曜日を決めて、特別な大きな親切をするか、小さな親切を3~5個してみることを勧めています。

オンライン会議を活用したリモートワークや、ソーシャル・ディスタンシングで人との距離が遠くなっている今だからこそ、思いやりの心を持てるようにトレーニングを重ねていきましょう!